君主論を書いた時代背景

マキャベリは元々共和主義者であったが、スペインとフランスがイタリアを舞台にして戦う「イタリア戦争」に衝撃を受けた。そこには、彼が体験した挫折感と、独立を願って止まない情熱が存在していた。

当時、イタリアは多くの小国に分裂し、下記のように外国の圧迫を受けて混乱の最中にあった。ピサ・フォルリ・フランスなど各地で外交を繰り返したマキャベリは、ばらばらなイタリアを一つにまとめ統率する「君主」の存在を模索していた。

マキャベリが書記官をしていた頃のイタリア周辺略歴

1494年

フランス王シャルル8世が「ヴァロワ=アンジュー家からナポリを継承した」と主張し、イタリアに遠征。この過程でメディチ家がフィレンツェから追放された。翌年ナポリを占領するが、教皇アレクサンドル6世、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世、アラゴン、ヴェネツィア、ミラノが神聖同盟を結び対抗したため、撤退する。

1499年

フランス王ルイ12世が「父オルレアン公からミラノを継承した」と主張し侵攻(オルレアン公はヴィスコンティ家の血を引いていた)。スフォルツァ家のイル・モーロを幽閉、ミラノ公国を征服(1513年まで)。

1503年

スペインのコルドバ将軍がナポリを征服。以後、スペインのナポリ総督が支配する。

1504年

ブロア条約によりフランスがナポリを放棄。

1511年

教皇ユリウス2世がアラゴン、ヴェネツィア、イングランド、スイスと神聖同盟を結び、フランスに対抗。

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