アレクサンドロス大王

最強を誇ったマケドニア軍を率い、東西を融合し、ひとつの帝国にまとめようとしたアレクサンドロス大王も君主論には何度も登場する。

君主論14章にて「英雄たちが過去に行ったことを、そのままやるべきである。(中略)アレクサンドロス大王がアキレウスを、カエサルがアレクサンドロス大王を、スキピオがキュロス王を範とした」書いてあるように、マキャベリの考える理想的な君主のひとつの形なのであろう。

アレクサンドロス大王略歴

西暦年
(紀元前)
年齢 事  柄
356 0 7月20日 マケドニア王国の首都ペラに、国王フィリッポス2世の子として生まれる
343 13 哲学者アリストテレス(41)が家庭教師となる(3年間)
338 18 8月22日、フィリッポス2世、ギリシア連合軍を破る 
このときアレクサンドロス、左翼騎兵隊の指揮をとる
337 19 フィリッポス2世、ギリシア各市を結ぶコリントス同盟結成し盟主となる
フィリッポス2世(46)、娘の結婚式の宴席で暗殺される
336 20 マケドニア王に即位
335 21 北方国境のトラキア人と南のテーバイを制圧
334 22 グラニコス河畔でのペルシャ軍との戦いに勝利/アジアへの一歩を踏み出す
333 23 ペルシャのダレイオス3世とのイッソスの会戦に勝利
332 24 テュロスを陥落させる エジプトをペルシャから解放する
331 25 4月7日、エジプトに最初のアレキサンドリアの建設を始める
10月1日、ガウガメラでペルシャ軍の主力を撃破
330 26 1月、ペルシャの首都ペルセポリスへ入城  5月、ペルセポリスを破壊
ダレイオス3世を追跡  ベッソスがその王ダレイオス3世を殺して逃走
329 27 ヒンドゥークシュ山脈を越え、バクトリア、ソグディアナへ
最果てのアレキサンドリア・エスカテ建設
328 28 グラニコスの会戦で大王の命を救った親衛隊長クレイトスを宴席で刺殺
327 29 バクトリアの貴族の娘ロクサネと結婚 跪拝礼の導入に失敗  
近習による大王暗殺の陰謀発覚
326 30 ヒュダスペス河畔で像部隊を持つポロス王と戦う  
インダス川の最後の支流ヒュパシス川で将兵の前進拒否にあい引き返す
マッロイ人との戦闘で瀕死の重傷
325 31 カルマニアに向かって砂漠を横断
324 32 スーサに到着  親友ヘファイスティオン死去
323 33 バビロンへ帰還  6月10日死去
その後 アレキサンドロス帝国は大王の死後、マケドニアのカッサンドロス朝、
トラキアのリシュマコス朝、エジプトのプトレマイオス朝、シリア〜メソポタミア
のセレウコス朝に分裂する

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