ユリウス2世

チェーザレ・ボルジアを理想の君主として称えるマキャベリだが、チェーザレの破滅の原因となったユリウス2世も高く評価している。 第7章で、「新しい恩義を受ければ、昔の遺恨が水に流れると思うならば、それは大間違いである」とチェーザレを諫めているのにもかかわらず、だ。 この主題はより明確に「ディスコルシ」で取り上げている。「以前ひどい目に合わせた人間は、昔の遺恨を忘れないから、要職につけると共和国の命取りになる」と警告している。

しかし、13章で外国支援軍の説明において、「ユリウス2世の実例だけは、私は何としても見逃すわけにはいかない」と述べている。さらに、25章でマキャベリはユリウス2世を、「時代と状況が生き方にマッチしているので、いつも見事な成果を上げた」と褒めている。

マキャベリはユリウス2世の私利にとらわれない姿勢を評価した。あくまでローマ教会の勢力拡大のためにボローニャを手に入れ、ヴェネツィアを叩き、イタリアからフランス軍を追い払おうとして、ことごとく功を奏したことを評価している。

しかし、ユリウス2世をたたえた事も君主論が発禁になった理由の一つになった。ユリウス2世の治世において、教皇領とイタリアから外国の影響を排除しようとした奮闘によって、戦争好きの政治屋教皇という教会にとって芳しくないレッテルを貼られていた。政治屋教皇を支持する書籍は教会にとって都合が悪かったのだろう。

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